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    ジャック・ジョンソンのプロデュースなだけに、やはり通じるサウンド。技術陣も良い仕事してるなあ、何しろ気持ちイイすよ。


  • わすれもの / Rei Harakami


    ふとしたキッカケで聴いてみたら、すごく気に入ってしまった。エレクトロニカ、って事になってるらしいけど、とても情緒がある。


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    初期のライブ音源を集めたアルバム。高校時代に自室でヘビーローテーションしてたっけなあ。今聴いてもなかなかイケる。


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2004年7月

2004年7月28日 (水)

縦長(マーマーバンド日記より)

なんだか分からないビデオテープ(しかも8ミリ)が出て来たので、なんだろーと思って再生してみたら、なんと・・・!
全く記憶になかったのだが、ちょうど5年前のマーマーバンドの映像で、しかもライブじゃなくて、いつも練習していた野田の青少年ホームの画像で、しかもしかも単に練習内容を記録しているのではなく、きちんとライブと同じように並んで演奏していて、おそらく本番と同じ曲順で演奏していて、全員が本番と同じ衣装まで着ている!!
一体どういう目的で撮ったのだろうか・・・?

そんでもって細かいつっこみどころっつーか、ウケまくりポイントが満載のすごいビデオだった。
例えば、何故か昔の映画の冒頭とかラストでよくあるような、縦に伸びちゃったような縮尺でずーっと映ってる(なんでそうなってるんだろう? みんな縦長の人になっている)とか、これまたどういう加減でそうなったのかわからんけどカメラが回ったまんまで全員でナマ着替えショーをやってるのがまるまる映ってるとか、かなり意外な曲順とか、意外なアレンジ(つか、こんなバージョンあったっけ? みたいな)とか、まあいろいろ。

でも演奏とか、なかなかよく考えられているぞー。
今と比べると20倍くらい手間ヒマかけていたんだと思うが。
あと、なかなかすごいぞ、俺のベース!!
歌いながら弾くスタイルとしては、何かを確立しかかってる感じすらあるぞ!
久しぶりに自画自賛できて、気持ちイイ〜!
(しかし、過去の話ではあるが・・・)

つか、そんなの撮ったのって、覚えてた?  >豪&チャオ

2004年7月24日 (土)

鼓動かあ・・・

朝起きて、昨日作ったプレゼン用の2曲を大ざっぱなデモとして録音する。
昼前、ワードアロウの面々と社長がやってきて、ミックスの最終微調整。
マスタリングの日程も決めたし、とりあえず完了モード。

さて、渋谷の「OnAir West」にて、青春バンド(笑)のYKJが初めて都内でのライブをするというので、サウンドチェックの手伝い等も兼ねて観に行く。
ライブ直前、いつもより広いステージに緊張気味の4人。
「ちょっと、心臓の鼓動が激しいんですけど、どうしたらいいんでしょう?」
などと問うてくるので
「まあさ、10年くらい経ったら、ソレは甘酸っぱい思い出になってるんだからさ。鼓動が激しくなったりしているうちが花だぜー」
などと、激しくジジくさいコメントで場を和ませたつもりの俺。

オープニングアクト扱いで、トップバッターで登場する事になっている彼ら。
開場時間になって外を見てみたら、おおおお、すごい。
大応援団が長蛇の列。
開演前にはすでに、OnAirWestのフロアはほぼ埋まってしまった。
いざ、演奏スタートしてみると、客席からの声援にも支えられてか、なかなか堂々たるパフォーマンス。
ストリートライブなども含め、年間100本ライブを敢行中で、CDの手売りも1000枚(!)を超えたそうだ。
頑張ってるねー。
演奏自体は「まだまだまだまだ」だけどな。

豪宙太先生と合流し、一緒に門仲に戻る。
布施卓人とTAKAEがやってきて、レコーディングの打ち合わせを始める。
ところが、どんどんと根本に関わる部分にまで話は及び、ここから先が長かった・・・!

続く


Audience

2004年7月23日 (金)

脳内の泉

歌詞がある曲に対して作曲しないといけないお題が2曲ある。
〆切は明日。
言葉自体が持つリズム感を活かしたメロディでないといけないし、メロディ自体も歌ってうれしいラインでないといけない。
自分の中に漠然と蓄積された泉があるのだが、その泉の場所は俺自身にはよく知られていないのが厄介だ。
脳内をびしっとデータベース化できたら便利なんだけどなあ。
いいタイミングで泉にたどり着けたら、泉の水を浴びて導かれる方に歩いて行けば曲は完成する。
完成した頃、ふと泉のほうを振り返ると、ちょっとだけさっきまでとは形が変わった泉の姿がある。
またお世話になりに来るぜー。

いやいやいや、どこだったっけか、見つからない時もよくあるのだ。
今回もまさしく。
そういう場合は、携帯可能な水筒の水で急場をしのぐわけだが、たいてい出来は大したことない。。。


Beerkent

2004年7月22日 (木)

着ヤセする痩せっぽち

マーマーバンド、ちょっと久しぶりのライブである。
ベースのクリスタル・ささキングが紹介してくれた、高円寺の「稲生座(いなおいざ)」というお店。
店内は狭いが、これぞ高円寺! つー雰囲気が、なかなかいい。
結構古いお店で、ベテランのフォークシンガーなど、強力かつ渋い方達が連日出演しているようだ。
19時くらいから演奏が始まると聞いていたのに、出演者の入り時間が18時っつーのがなかなかざっくりしている。
音は全体的に、ナチュラルな響きがあって、結構心地よい。

さて、場違いムードの漂う「夏の歌謡曲メドレー」などもぶちかましてしまったが、楽しいひと時を過ごせたし、めでたしめでたし。
お店の方からも次回の出演への依頼などもあり、とりあえずクリスタル・ささキングのメンツを潰さないで済んだっつーのもこれまた、めでたしめでたし。

で、あまりに暑いので開き直ってタンクトップ一枚で押し通したのだが、
「一郎さん、意外と痩せてないようにみえますよー!」
などという謎のコメントが多い。
いや、みえる、っつーか、タンクトップだけですから、コレが実情であり、どう見たって痩せっぽちなんですけど・・・。
要するに、そもそも痩せている上にさらに「着ヤセ」するタイプだった、という事が判明。
なるほど。
では、寒くなるギリギリまでコレで押し通して、その後は急激に重ね着をして「着ヤセ」を振り切りましょう。


Tanktop

2004年7月21日 (水)

記録更新はあの夏以来なんだね

YKJのリーダー、ケンジが
「塙さんにミックスしてもらったCD、もうちょっと全体の音量を上げられないっすかねー?」
などと言うので、内心(それは通常、マスタリングという行程の範疇でね)とかモゴモゴ思ったりしたのだが、まあざっくりとやればいいだろうと思い、彼を門仲に呼ぶ。

いつの頃からか、音楽CDの音量レベルはどんどんとデカくなり始め、今では普通にミックスした音をそのままCDにしたのでは、他のCDと続けて聴いたりすると非常に地味に聴こえて(この「続けて」というのが厄介な話で、単独で一枚だけ聴くなら単にリスナーが再生装置のボリュームを上げればそれで済むわけなのだが)しまうのだ。
何しろ、ポップミュージックにおいては大抵の場合「地味な印象」というのはネガティブな材料にしかならないので、競い合うようにCDの音はデカくなった。
試しに、90年代前半くらいのCDをモーニング娘。のCDの後に続けて同じボリュームで聴いてみると、絶対に「音、小さーーい!」となる。
レベルを稼ぐ作業自体は、最近優れたソフトがいろいろ出ているので金さえ出せば誰でも出来るのだが、それは同時に演奏のダイナミクス(一番音量が大きい所と小さい所の差)を狭くしてしまうので、ホントは素人が手を出す領域ではないのだ。

などと言う講釈を垂れていてもしょうがないので、とっとと素人作業に入る。
ケンジはお土産として何故かプリンを持参してきてくれた。
しかも
「これ、僕の大好物なんですけど、『Pastel』っていうお店の、ふんわりプリンってヤツで・・・」
などと解説してくれている(後日談・ケンジからの指摘で、「なめらかプリン」であった事が判明)。
なるほど、確かに美味しい!!
コレは、女の子に持って行ってあげたら株が上がる事請け合いだ!!
しかし俺に持ってきてもなあ・・・。
「いや、自分が食べたかっただけなんですけどね」
あそ。
それならまあ、いいけど(でもやっぱり、二人して背中を丸めながらプリンを食ってる図はどうなのよ・・・)。
まあ、プリンのお礼に、写真でも公開してやるか(いろんな人の写真をどんどん載せちゃうこの日記)。

てな事をやりつつ、作業は終了。
さて、夜はマーマーバンドのリハに行かなくては。
しかしどうでもいいが、物凄く暑くないか?
そりゃ、夏が暑いというのは有名な話だけど、それにしてもコレはちょっと・・・。
とか思いつつニュースを見ると、観測史上最高気温の文字が。
「夕方6時現在でも、都心の気温は34.8度です」
って、なんだそりゃー!!
あとちょっとで最高気温40度だったのか・・・。
で、今までで一番東京が暑かった記録は1994年の夏、39.1度だった(今回は39.5度)らしい。
その年の夏というのは、マーマーバンドが結成されて、新曲を次々と生み出していた夏だ。
せっせとライブに励み、デモテープ(まだカセットでしたよ・・・)をライブでプレゼントしまくって新規ファンを獲得していた夏だ。

あれから10年、ライブの直前に慌ただしく集まり、3時間の練習で全ての準備をこなせるバンドになりました。
練習終了後、深夜になってもまだしつこくクソ暑い中(お湯の中を歩いてるみたい)で車に楽器を積み込んで、それぞれの生活の場に散って行く我々でありました。


Kenji

2004年7月20日 (火)

進化の途上

早いもので、一色繭実のライブももう9回目。
マーマーバンドなどでもいろいろと世話になっているカメラマンのJico氏から頼まれ、去年からライブを豪宙太リーダーと共に手伝ってきた。
繭実嬢本人の歌はだいぶカタチになってきたが、今だから言うわけでもないが、最初はもう、なかなか凄かった。
今までいろんな形態で音楽をやってきたが、あんなに下手な歌(音程など技量についての話ですが)のバックで演奏した事はなかった。
そもそも歌唱力を前提にパフォーマンスするタイプでは全然ないのだが、その割には彼女が持ってくる曲は(ちなみに全曲、彼女の作詞・作曲である)とても美しいメロディーを持っていたりして、そのギャップに俺自身も「どーしたもんだろうか?」と煮詰まったりもしてきた。
その後、彼女は毎週、ボイストレーナーの所に通うなどの努力をし、シンプルなアンサンブルに乗って歌う事にも慣れ、ライブの度に何かを発見しながら「進化の途上」にいるのだろうと思う。

今回のライブは前回に引き続き、四谷天窓と同じフロアに最近オープンした「四谷天窓・comfort」で行われた。
クールなラウンジをイメージしたかのような、ちょっと洒落た雰囲気。
決して広くないステージに真ん中にどーーんとグランドピアノが置いてあるので、それ以外の演奏者にはちょびっとしかスペースが与えられない。
そんな中でも豪先生はいろいろと武器を持ち込み、ドタバタと工夫をこらしていた。

前回、初めてスケジュールの都合で豪君は欠席したのだが、マリンバを中心にプレーする女性パーカッショニスト「erimba」さん(元ちとせのCDでもプレイしている!)と、幅広い芸風を持つピアニストの「ただすけ」くん(Smapのツアーメンバーだった! それにしてもJico氏、幅広い人脈っすねえ)という強力助っ人の力を借りて、ちょっと広がりのあるアンサンブルを作ったので、今回もその流れを踏襲すべく、キーボーディストの俊郎くんに参加してもらった。
ちょっと準備不足もあり、お世辞にも万全のアンサンブルにはならかったと思うが、歌手本人はまた新たな何かを掴んだふうだったので、まあメデタシメデタシっつー事で。

彼女のCDを2曲入りで作ったのだが、その第二弾をもうすぐ作り始めないといけない。
それに入れる曲もこの日のメニューには入っていたのだが、彼女が曲目を紹介し、俺のイントロから入る段取り。
弾き始めようと思ってふと豪君のほうを見ると、何やらまだ準備が出来ていない様子。
とりあえず場を数秒つなぐために、例によって出まかせのフレーズを弾いてごまかした。
ライブ後、Jico氏が感心したように
「いやー、一郎さん、忙しそうなのにちゃーんとその合間を縫って、録音用に新しくイントロのフレーズを考えてアレンジしていてくれたんですねー! すごく良い感じになったと思います」
などとおっしゃる。
あああと、えええと、いや、もう2度と同じように弾けないんすけど。
つか、どう弾いたか全く覚えてないんすけど・・・。

あとで、録画してあるビデオを見せてもらって、自分で弾いたフレーズを自分で解明する羽目になりそうである。
こんな出まかせの一つ一つの中にも、「進化の途上」にいる俺にとってはお宝が潜んでる場合がある。


Comfort

2004年7月19日 (月)

確かに標語だけど

秋葉原、あっちー!
TYOのライブ活動本格化?
駐車場閉まるの早い、出し遅れると翌日までのバカ高い料金取られるとこだったけど間一髪セーフ!
ストリートでもちょっとやってみたけど歌手あまり気乗りせず地味に終わった。
マニアな店には豪くんの目がキラリ。
パワー系ランチ、さすがは男の街。

TYO、ライブ的にはやっとちょっとはバンドな域に達したかもねー。
歌上手いから、ついつい聴き惚れちゃう、演奏しながらリスナーやれる、これが醍醐味すねえ。

そのあと、今度はマーマーのリハっすねえ。
さらにそのあと、音源届けに渋谷に行きましたっすね。
めずらしくハッキリとイライラする自分の気持ち(ドタバタと忙しいから、という事じゃないのです)の様子をもうちょっとだけ見てやろう。

秋葉原で見た標語への感想、「確かに・・・!」


Akiba

2004年7月18日 (日)

暑気払い

ワードアロウの1作目、ミックスにもOKが出て、どうやら完成か? 
けっこうイイかもよ!

さて、テレビ埼玉ミュージックアカデミーの暑気払い、俺とは親子ほど年が離れた他の先生達(もちろん、俺が「子」ね・・・笑)もご一緒に。
演歌系のカラオケレッスンもあるので。
で、運営してる会社の新しいオフィスが開設されたので早速見学へ。
ちと門前仲町からは遠いが、リゾート系のスペースにしようとしてるらしいので期待。


Newoffice

2004年7月17日 (土)

進歩してるー

やはりワードアロウのアユム、ホントに緻密にイメージを描いている作者なので、可能な限り付き合いますよー。
とっても細かい注文が出まくるわけなんだけど、ちゃんと客観性も持とうと努力してるあたりが、かつての俺なんかよりずっと大人だねー(写真は彼の創作の相棒マシーン)。

そしてギターレッスンだが、生徒がちゃんと進歩してると思うと嬉しいもんだねえ。
こちらも、更なる進歩を促せるポイントを素早く見つけ出せるように「進歩」したいもんです。
そういえば俺の師匠が言ってた。
「人に教えると自分も上手くなるぞー! 出来ない事は教えられないので」
って。

Aw16g

2004年7月16日 (金)

これまた新パターンだなあ

YKJの新デモ、やっと時間が合ったのでミックス。

その後、新たなレコーディングの為の打ち合わせで渋谷に行った。
で、歌い手に会ってみた俺の感想。
「その風貌はまた、新しいパターンだなあ・・・」
日本語を普通に話すアフリカ人の少年と初めて知り合った。

夜はTYOのリハだ。
アレンジのアイディアを新たに出してバチっとハマると嬉しいが、やっぱり何より重要なのは歌だよなあ。
結構盛り上がって歌ってるようなので、こっちも楽しい。


Tyorh

2004年7月15日 (木)

たまには休日

ザッパーン! とプール(すごい近所にあるのだ)にでも飛び込んで、しかし足がつらないように気をつけつつ??
せっかく長い夏っぽいんだからさ、「2004年祭り」を楽しまないと。
当たり前だけど、二度と開催されないよ。

ところで、ピアノの響きはギターとは全く違うアプローチでメロディーを喚起する。
20才の頃「子供の時、習っておけばよかったなあ」と思った。
30才の頃「20才から始めておけば少しは弾けるようになってただろうなあ」と思った。
今も同じように思っている。
じゃ、やればいいんだよな、ウダウダ言ってないで・・・。


Rinpf

2004年7月14日 (水)

ヒット曲〜!!

歌録り二日間の予定が、なかなか優秀なので終わっちゃった。
どんどんミックスモードに入りましょう。

さて、一ヶ月のうち26日くらいを韓国に滞在して過ごしている我が師匠。
釜山出身の若手の良いヴォーカリストを発掘してしまい、ホテル住まいの毎日の中、ベッドサイドにMacをセッティングして制作を続けているらしい。
つかの間の帰国期間(もはや来日期間?)を利用して、録音作業についていろいろ相談したい、と門仲にやって来た。
一緒に美味しい夕食ー!
なんか、最近突然ちょっと儲かっちゃったらしいので、躊躇なく(笑)おごってもらいました。
「私は風」をB'zの松本さんがカバーしたかなんだかの印税だとか?
やっぱり重要なのはヒット曲すね、流行音楽に関わって生きて行こうとしている我々である以上は。


Oz1

2004年7月13日 (火)

世代はちと違えど

新たな録音プロジェクトを手伝う事に。
『ワードアロウ』という3ピースのロックバンドだが、中心メンバーのヴォーカル兼ギタリストのアユム、なかなかの自宅録音野郎でもある。
デモを最初に聴かせてもらった段階ですっかり感服してしまった。
アレンジもミックスも、どういうつもりで何を狙っているのかがかなり一目瞭然。
俺が彼らの年代だった頃というのは、丁度本格的に自宅録音に進み始めた頃であり、いろいろと彼らの話を聞くと、かなりシンパシーを感じてしまう。

勝手に俺は「今の若い人々は最初っからハイテクを安く手に入れて恵まれた状況で始めているのであろう」と思い込んでいたが、なかなか古い機材の段階からいろいろ試行錯誤してきたようであり、現在に至るまでに通ってきたらしい道のりはホントに俺そっくりである。
ただし、彼らには俺より10数年多く時間が残されているわけであり、それを思うと『ワードアロウ』の現在のクオリティはかなりの脅威である。

実際に作業を始めて見ると、いやーさすがにこだわるこだわる!
しかも、こだわってるポイントがトンチンカンではなく、むしろ俺も「うーむ、そこにポイントを置くのは非常にわかる!」という感じなので、頑張って丁寧に作業に付き合う。

俺も、彼らからちょっとくらいは「さすがー!」と思われるような何かを出さないとねえ・・・。


Wordarrow

2004年7月12日 (月)

無意識のミクスチャー?

ギターレッスン→四谷天窓に忘れて来た工具箱を引き取りに→並木ライブの際使ったモアちゃんの機材を返却、という、車での移動が多い一日だった。

ところで、かつては車内ではお気に入りのCDをかけまくり、とか、J-WAVEなどでムーブメントをチェック、とかいう過ごし方をしていた事もあった気がするのだが、いつの頃からかすっかりしなくなった。
一時期、完全無音で過ごしてたが、ここ最近はNHK-FMがお気に入りだ。
クラシックもよく聴くし、ラジオドラマなんぞに聴き入ったりもする(結構面白い!)。
あと、音楽番組でも時折、ひじょーーーーにコアな感じの音源がかかったりするのも、NHKの魅力である。
お行儀がよい、というイメージのNHKだが、時としてどこよりもトンガっている感じの企画をやったりする。
スポンサーからのウケを気にしないでいいぶん、思いっきりイケるなんてのもあるのかもしれない。


機材返却のついでに、モアちゃんが自分でやっているプロジェクトの近況を聞いたりした。
いろいろと一筋縄では行かない昨今らしいが、随分といろいろチャレンジは続けているようだ。
彼女は、曲を作り自分でピアノを弾き自分で歌い、という人だが、1つ1つの要素を取ってみても素晴らしい能力を持っている。
ピアノにしても、音大の大学院まで出て、ダテに東欧に留学していたわけではない、つー感じで、ツボにはまるとかなり炸裂する。

ひょんな縁で知り合い、ちょっと彼女の曲のアレンジを手伝った事もある。
今聴き返すと、その出来映えはなかなかどうして捨てたもんではないと思う。
マーケットから需要があるかどうかは、ポップ感とマニアック感の兼ね合いがなちと微妙なので何とも言えない(笑)が、単純に俺は彼女がやりたい方向性とその理由に共感を覚えるので、アレンジ作業は楽しかった。

全然クラシック音楽の教育は受けなかった俺なのになんでだろう? と思ったが、実は俺は父親がかなりモーツアルトとか好きだったおかげで、休日ともなると朝から大音量でレコードがかかっていたりして、その音で目を覚ます、なんていう環境で幼少からの日々を過ごしていた(別に音楽にとりわけ興味があった子供ではなかったが)せいなのか、刷り込みとしてのバックボーンにそういうのがあるのかもしれない。
その一方で、母親は美空ひばりフリークであり、年中熱唱していた(当時はカラオケなんてないので、完全ア・カペラ!)。
で、ミックスされたのが今の俺なのかも、などと思う昨今。

クラシック&美空先生・・・。
確かにJ-WAVEよりはNHKだよな。


Moa

2004年7月11日 (日)

思いがけない、ああ、グッド・タイミング

いや、グッド・ルッキングな人が現れた、という話でもなんでもないのだが・・・(二拍三連のアタマ抜きのキメ、で有名な「不思議なピーチパイ」、今や認知度はどんなもんなんすかね)。

ついに泉見ニューCD「愛が止まらないように」が完成したのであった。
彼のミュージカルの活躍に乗じて、ヒットしてくれい!
で、昨日も書いたが、「自分アレンジ自分プロデュース自分レコーディング&ミックス」なんつーやり方の録音の終盤は、どんどん孤独系に行くわけであり、最終的に作業が完了して
「さあ、あとはマスタリング・エンジニアにお任せだ!」
と、晴れ晴れとした瞬間を迎えた時、その達成感・開放感を共有する相手がいない! という場合が非常に多いのである。

今回もモロにそうで、納品を済ませたはイイが、あとは家に帰って、さあ一人でプロ野球のオールスターでも観ながらしみじみ飲むか、つーくらいしかプランがないのであった。
しかし、途中にいろんなプロジェクトのライブが挟まったりしたおかげで、結構長期に渡ってしまった今回の録音だっただけに「やっと終わった感」はかなりの物だったので、それだといかにも寂しい。
数少ない数名の友人に電話などしてみたが、週末はみなさんいろいろ予定があるらしく、だーーれも出ない→留守番電話サービスセンターに接続します!

ま、どうせそんな人生さ、と地味になっていたら、古い友人のもんごるさんから突然の電話。
「休日出勤で出て来たのだが、早めに終わっちゃったので、最近見つけたお気に入りのバーで飲んでいる。良かったら出てこない?」
という、神の声。
普段だったらそうでもないかもしれないけど、全くをもってグッド・タイミングだったので、0.3秒で
「行く!!!」
と即答。

彼の職場(高田馬場)の近くに最近出来たばかりだという、そのバーに乱入。
もんごるさんがそこまでお気に入りになっている理由がとてもよく分かった。
10人も入れば満員のような、ホントに小さいお店なのだが、要はマスターの人柄が店内の全てに表れているのだ。
いろんなお酒と気の利いた料理と掘り出し物の音楽があって、とても居心地のいい空間、しかも大丈夫なのか? と心配になるほどリーズナブル。
まだ常連さんはほとんどいない、という状況らしいが、間違いなく今後、俺はいろんな友達を連れて行くと思われる。
あと、個人的には東西線で一本つーのもポイントが高い。

もんごるさんとマスターと一緒に記念の一枚(なんと、俺の行動を予見していたかのように、店内に三脚が置いてあった・・・!)。


Baba

2004年7月10日 (土)

孤独モード

さて、ライブ録音技師を終え、期日も切迫して来た泉見CDを追い込まないといけない一日である。
ついにリードギター担当のヒロユキの演奏データが通信で届き、全貌がやっと明らかになった。
さすがに何年も一緒にやってる仲間なので、欲しいパートをきっちりと埋めてくれていて、ほぼイメージ通りの音像が得られた。
彼はL.A.の腕利き系ギタリストの感じを目指すスタイルなので、あらかじめそういうアプローチがハマるような間奏のコード進行を考えたりしてみたのだが、実に分かりやすい感じでハマって(わざとらしくゴージャスにギターソロがハモったりしていて、俺も嫌いなほうじゃないので、よしよし、持ち味を発揮していだだけましたね、つー感じ)いる。

ここまで来ると、あとは俺の個人的作業が残っているだけなので、なかなか孤独な状況になる。
今回はバンドのみんなで持ち寄って作ったからマシだが、一人で全トラックを作るような場合は、ひたすら孤独である。
てなわけで孤独な俺の戦場、つか、おもちゃ箱とも言うが、の2004年夏バージョンの記録。


Mystudio

2004年7月 9日 (金)

録音技師の一日

いつの頃からか、何の専門家だかさっぱりわからないような、何でもやる人になってしまった俺なのだが、その1つが録音エンジニア稼業だ。
自分の作品をマシに聴かせたくて機材をいじったりしてるうちに、何かの拍子で他人のレコーディングでもツマミとかを回すようになってしまい、肩書きの1つになってしまった。

「千葉県野田市つながり」で知り合いだった『上々颱風』のレコーディングにもエンジニアとして何回か参加させてもらったのだが、ドラムの渡野辺マントさんとは特に頻繁に録音についてのやりとりをする仲になっていたり(マントさんも自宅に録音機材を揃えているのだが、使い方に不明な点があるとすぐに俺に電話してくる)して、その関係で今回『マントバンド』という彼個人のプロジェクトのライブレコーディングを頼まれたのであった。
基本的には、ライブ用P.A.の回線をそのままバラバラにレコーダーに記録しておけばいいだけなので、現場では俺のやる事はそんなにないので、ほとんど観客として楽しませてもらった。

ライブ会場は高円寺の老舗「Jirokichi」だった。
長年培われてきたノウハウがあるのか、会場全体の鳴りも含めて、なかなか心地よい音を聴かせてくれる。
ちなみに『マントバンド』は、マントさんのドラム(曲によってはスティールパン)以外には、ベース、パーカッション、キーボード、ギター、ブルースハープ、サックス、ゲストとして数曲ヴォーカル、という編成。
結構レパートリーの雰囲気の幅は広かったが、さすがに全般に渡ってマント・ワールド炸裂という感じで、なかなか面白かった。
ボブ斉藤さんのサックスの音色はとてもかっちょいいし、途中で各自のソロが入ったりするのだが、ほんの数ヶ月だけだったけどマーマーバンドで一緒にやった事もある西村直樹のベースソロがものすごくイケていた(会場内、拍手喝采!)のが刺激的だった。

数ヶ月後にもう一回ライブレコーディングをして、今回のと合わせてセレクトしたテイクをライブ盤としてリリースする計画もあるようで、楽しみだ。

せっかくなので、マント氏の勇姿も撮影しておいたので、載せてみましょう。


Manto

総括(マーマーバンド日記より)

習慣
撮影
料理
機械
未来
湿気
逆流
衝撃
到来
豪雨
選曲
危険
酒宴
港区
選挙
暖房
冷房
愕然
回想
初夢
検索
力士
共有
極端
発掘
短文
強烈
堪能
納得
野外

さて、なんでしょう?
この一年間の、マーマー日記の俺担当で書いたタイトルの総括ですわ。
連想ゲームみたいだなあ。
なんとなく2文字で始めちゃったら、引き下がれない感じになっちゃったので。。。
今後もこの方針を持続するかは不明。
タイトルを見ただけで内容が思い出せるようなヤツが、よく出来たタイトルつー事かしらねえ?
とすると、やはり最優秀賞は・・・。

2004年7月 8日 (木)

ヤリタイコト

泉見くんは今年はミュージカル役者として大活躍の年であり、ものすごくハードなスケジュールを生きている。
本番中の公演と次の公演の稽古が重なっていて、朝から晩まで歌いっぱなし演じっぱなしの日々らしい。
しかし、朝から帝劇、夕方からは東京芸術劇場、なんつー状況はまさに「日本のミュージカル界の頂点」にいる感じであり、そのようなスターと仕事をさせて頂けているなんて、わたくしも恐縮至極に存じます・・・(全然してないけど、恐縮)。
彼は今、別所哲也さん、松たか子さん、筧利夫さん、などと一緒に仕事をしているわけだが、彼からそういった方たちのスケジュールの話を漏れ聞くにつけ、ホントに大変な商売だなあと思う。
人生のネタとして一時期芸能人やってみました、つーのとはワケが違うからなあ。

で、ちょっとフラフラしつつ、泉見くんはやって来た。
今回の新作の完成図がほぼ見えて来たので、いくつかキープしておいた彼のボーカルテイクを選ぶ作業をやりにきたのだ。
かなり疲れてるはずであるのに、彼の「歌」に対する集中力は凄い。
どこの部分で自分がどんなニュアンスで表現したいのか、をしっかり持っているからだと思うが、俺が全く気がつかなかったような部分(つか、そもそも泉見くんはここ最近、ミュージカルで鍛えられているせいか、めっきり歌唱力に安定度が増しているので、どのテイクもそれぞれ既にアベレージは出ているのだ)に対しても
「あ、ここはこうじゃないんですよねー。あと、ここの音程、外れてません?」
など、自らに対して相当厳しい。
もちろん俺も、自分が歌ってレコーディング、となったら、当然それなりに自分で追求するが、そういう細かい作業は心身共に元気な時じゃないとホントにしんどいのである。
しかし彼は、さっきまでの疲れっぷりは一体どこへ? 目の色を変えて集中している。

彼と数年前、初めて一緒に作ったCDに「ヤリタイコト」という曲が入っている。
彼自身の作詞による『自分を信じてやりたい事をやるだけさ』という、至ってシンプルなメッセージが込められた曲だ。
だが、俺は明らかに少し前から「本当に自分がやりたい事」がハッキリせずに煮詰まっている。
ハッキリしているヤツのエネルギーはすごい。
もしくは、そもそもエネルギーを持っているヤツだから、やりたい事に向かって驀進できるという事なのだろうか?
などと思い悩んだ事もあったりしたが、とりあえず今は「やれる事」に向き合う事でどうにか日々を回していくしかないと思っている。

まあそのうち、俺の中でも新しい何かが起きるさ。
多分。


Izumime

2004年7月 7日 (水)

食わないと死んじゃうよねえ、確かに。

そういや、七夕であるのだが、そういった風物と関係ない日々を生きているなあ。
四季折々を感じる心がないと、せっかくの日本の気候を楽しめないよなあ。
とは言ったものの、確かにメリハリが利いてるっちゃー利いてるわけだが、いろいろ大変だよなあ。
よく
「夏(暑いの)と冬(寒いの)、どっちが好き?」
というような質問が出たりする。
どっちも好きじゃねーよ!
暑くも寒くもない、「快適」なのが好きなんだよー!
さあ、何やらかなり暑くなってまいりました。
ちなみに梅雨はどこ行ったんすか?

泉見バンドに新加入してくれた鍵盤弾きの川越好博くんは、なかなか堅実に仕事をしてくれる。
彼の演奏データが、例の『通信式レコーディング』のやり方で届いたので、さっそくアレンジに追加。
よしよし、バッチリだぞ。
彼は、先日行われた泉見くんとANZAさんのジョイントライブの際に、当日突然決まった「お客さんが会場を出る際にバンドが生演奏を続けて送り出す」というアイディアに対応すべく、誰もそこまで頼んでもいないのに、楽屋で速攻で曲を作ってみんなに譜面を書いて渡した、という、素晴らしく「デキる」ヤツである。
やっぱ、そういう人は必然的に頼りにされるようになるよなあ、と、全然そんな感じじゃない自らを省みつつ反省した俺であった。

で、泉見ニューCDのカップリング用の新曲のほうは、バンドで一度も演奏した事がないので、ひととおり俺がアレンジした上に日根野麻子にエレクトリック・ピアノを弾いてもらって完成させる事にした。
さくっと登場して、さくっと弾いてくれて、うん、イイ感じ。
ところで、日根野ちゃんにはなかなか分かりやすい特徴がある。
お腹が空いてくると、見るからに元気がなくなる(笑)という点だ。
演奏もみるみる精彩を欠いていく。
というわけで、みんなからは「いつもなんかちょこちょこ食べてる人」と思われている。
でも、どっちかというと食は細いほうだと思うので、だから逆に、ちょっとずつ何度も食べないといけないのだろう。

今日も、空腹すぎてテンション下げまくったりしている彼女に無理矢理頼んで、ピアニカもダビング(たまたま、並木のり子ライブで使った彼女のピアニカが俺の車にまだ積んであったのだ、ラッキー!)してもらった。
最後の方はホントに元気がなくなって自分のプレイの良し悪しもすっかり分からなくなっていた彼女だが、ちゃんと整理して聴いてみたら、その「力が抜けちゃってる具合」がなかなかレイドバックしててイイのである。

よっしゃ、この曲は完成。
さあ、残るはヒロユキのギターパートだけだぞ。


Hinegoeme

2004年7月 6日 (火)

さあ次、次! 次いってみよう!

マーマーバンド10周年の時に唯一、ティーンエイジャーのヴォーカリストが出たが、彼(若生ヤスジ)が3人の仲間と共にやっているバンド「YKJ」は今、デビューに向けて事務所のバックアップも受けつつ猛特訓中の日々である。
演奏力もパフォーマンスもまだまだの、ほんの駆け出しバンドなのだが、地元・埼玉のライブハウスではあちこちで動員記録を持つほどの人気を獲得しつつあり、なかなか有望。
で、去年から、どういうワケか彼らを鍛える役目の一翼を担う展開になっている俺(それ以前に自分をもっと鍛えろっつー話もあるが)であり、豪宙太も巻き込んでみんなで合宿レコーディングに突入したりする日々などもあったりするのだ。

つい先日、ついに彼らはセルフ・プロデュース(というほど大げさではないが、何しろ自分達で全部考えてやるという意味で)によるデモ録音をレコーディングスタジオで終えてきて、俺はそのミックス担当に指名されたのであった。
出来上がったらそれをライブ会場で手売りするらしい。
で、今日はYKJのリーダー・ケンジと共にその作業をやる予定だったが、彼のスケジュールがちょっとずれてしまい、俺は俺で泉見CDの〆切目前でかなり切羽詰まってきたので、数日延期する事にした。
彼らについてはまた、後日詳しく書いてみようと思う。

という事なら、よし、泉見作業もラスト・スパートだ! と気合いを入れる状況なのだが、実は今回の作業の進め方はなかなかハイテク駆使でありつつも、コントロールが難しい方法になってしまっている。
まず、曲の骨組みのアレンジを俺が一人で作り、その段階で泉見くん本人に歌を入れてもらってしまう。
それを大雑把にミックスした物を圧縮したファイルを作り、ネットのサーバー上にアップする。
サポートバンド「フィクションズ」のメンバーがそれぞれ、所定の方法でそれをダウンロードして自分のパートをそれにダビングし、そのファイルを再度サーバーにアップする。
それをまた俺がダウンロードし、元のアレンジにそれをはめ込んで組み立て直す。
そう、通信式レコーディングだ。

今や、こんな感じの方法を活用しているレコーディング・プロジェクトは結構あるようだが、俺としては今回が初めて。
同時進行であっちこっちでやれる事と、みんなのスケジュールを合わせないで済むのが利点だが、ヒロユキのギターパート、出遅れてるぞー。
便利なようでいて、最終的にいろいろ辻褄を合わせる作業(もちろん、担当者は俺だわね・・・)が相当面倒くさい事になりそうで、げんなりしつつある。
つーかもう、ホントに時間ねーぞ。。。

並木のり子の音源制作を仕切っている「ビーフラット」さんが最近、レーベル会社と業務提携を始めた。
ひょんな縁で、そこのレーベルから今回の泉見CDもリリースされる事になった。
「ビーフラット」の木村さんからも矢のような(笑)催促が来つつある。

つか、つい昨日、そちらでこんな感じでめでたく打ち上がったばっかりなんすけど。。。


Afternamikilive

2004年7月 5日 (月)

早起き→ワンマン→野外→いろいろ

盛りだくさんな一日だったなあ。
まずは並木のり子ワンマンライブ、入り時間が「午前9時半」つーのもなかなかのもんだが、何しろこっちは5時起き体質なので、そこは軽くクリア。
豪くんは昨夜、ついついテレビをつけてサッカーを見てしまったのを後悔していた。

さてさて、渋谷TakeOff7に楽器を搬入。
ステージに全員分のセッティングを終えてみると、なかなか大げさな感じになってきた。
ちょっとしたホールコンサートの様相である。
でも大げさな割には、ドラムを使わないので音量は小さい。
しかも曲によってアレンジのアプローチがまちまち、というか、パーカッションのそれぞれの楽器の音量が違うので、全体のバランスに与える影響が大きくて、PAの人にとっては結構しんどいライブになりそうだ。
リハの段階でもステージ上に「?」が随分飛び交ったりしていたが、あっという間にタイムアップになり本番を待つのみに。

楽屋でドタバタといろいろな確認事項を交わし、いざ本番。
約1時間半のライブ中、ステージ上ではさまざまな予想外のドラマ(笑)が繰り広げられていたが、リーダーの老練な(さらに笑)場つなぎなども威力を発揮して、いい感じでライブは終了した。
とりあえず、今までの人生で最も準備ができなかったワンマンライブだったが、頼りになる仲間達のおかげでどうにか成功させる事ができた。

さらには、これまた人生初だが、ワンマンライブをやった後で別のステージに立つ、というハードなスケジュールが俺を待っていた。
TYO初の野外ライブだ。
代々木公園の一角という事になるのか? あの野外ステージは。
客席に相当する部分がフラットなスペースである点は違うが、ステージ自体はあの日比谷野音と同じようなサイズ&形状である。
そこにお昼から夜の8時まで12組もバンドが出演し、さらにDJやらダンスパフォーマンスやらチアリーディングやらが特盛り状態の、若いパワー炸裂のイベントのようだ。
現場でのリハーサルという物は存在せず、ぶっつけ本番のワイルドさではあるが、スタッフの若者たちはなかなかみんな機敏な動作を見せ、遅れて到着した俺と豪くんのために車を誘導してくれるなど、仕切りもしっかりしていて好印象。
朝からろくに物を食べていない我々は、さっそく屋台の焼きそばのお世話に。
鉄板の端っこに残っていたヤツをかき集めた二人前だったが、まあそれすらも「味」ですな。

さて、本番を初めてみると、意外とステージ上の音の聴こえ方がイイ感じ。
久しぶりの野外ライブでもあったので、なんだか気持ちよくなってきた。
ふと見ると、歌手TAKAEがいつになく広いステージをいっぱいに使って、ノリノリで歌っている。
つか、歌自体、絶好調じゃないっすか?

あっと言う間に出番が終了し、TYOの歌と楽曲の魅力を再確認しつつ、心地よい達成感に浸っていたつもりだったのに、周囲からは
「大丈夫ですか? 疲れてますね、具合悪そうですねー・・・」
とか、労られてしまった。。。
うーむ、慢性的に具合悪そうなキャラを、せめて夏の野外ライブの時くらいはなんとかしないといかんなあ。

豪リーダーとも終了後に
「TYOのライブとして、今までで一番の出来だったね」
と意見の一致も見て、本日2本目もとりあえずめでたしめでたし。
すぐ後に出たチアリーダー達のパフォーマンスも最前列で満喫(笑)し、並木ライブの打ち上げに合流しないといけないので帰り支度をしていたら、ステージ裏でチアリーダー達がTYOの二人を見つけて
「あの、一緒に写真を撮らせてください!!」
と駆け寄って(やはり良いライブパフォーマンスは即、反応を呼ぶよなあ)来た。
非・若者系の俺と豪くんはフレームに収まる余地もない感じで、脇でぼーっと見ていたが、いかんいかん、今日は夏の若さ溢れる祭典の一日ではないか! と気合いを入れ直し、俺もチアリーダー達に向かって
「じゃあ、俺も一緒に撮らせてください!!!」(何が「じゃあ」なのやら、意味不明)
と叫び、ひと夏の思い出を捏造する1枚を撮らせてもらったのであった。

でもって俺と豪くんは代々木公園を後にし、西麻布の並木事務所に移動。
ちょっと時間がまちまちになったが、みんなでライブのビデオを見返したりしつつ、演奏が怪しげになった部分についてお互いに責任をなすりつけ合ったり(笑)しつつ、和やかな打ち上げになった。
さすがに後半、全く電池切れの俺はソファーで意識を失いかけたりしたが、根性で再びハンドルを握って無事に帰宅。
さらに根性を出してF1フランスGPなんぞをテレビで見たが、琢磨はリタイヤ、盛り上がるバトル全然なし、単に俺の根性が試されただけの一戦であった(まあ、単に好きで見てるだけだが)。

さすがによく眠れそうだぞー!


Cgirl1row

2004年7月 4日 (日)

野外(マーマーバンド日記より)

とってもインドア派の俺ではあるが、野外ライブは気持ちいいもんだなあと思い出した。
並木&TYOのダブルヘッダーはなかなかハードではあったが、概ね楽しい一日を過ごす事ができた。
どちらの会場にも見慣れた顔がちらほら。
来てくれた方、ありがとうございました。

TYOでやった代々木公園の野外ステージのほうは、たくさんのバンドやパフォーマー達が出演する「イベント」ってヤツであったわけだが、あの若者達っぷりは結構久しぶりな気がしたが、案外楽しめました。
チアリーダー達と一緒に写真も撮ってもらったし。
長らくマーマーバンドではああいう場に出てないけど、今やってみたらどんな感じなのかなあ。。

ピックを使わずにコードストロークをする場合が多い昨今なのだけれど、まだまだ余計な力が入っているので、中指の爪が1ステージ終わっただけですごくすり減ってしまうのである。
薬指側のほうが斜めに欠けてしまい、そこに合わせて爪を切り直すと深爪ギリギリになってしまう。
また伸びるまで待たないと、同じ音が出せないので困るのだ。
でもちょっと以前までは、指のいろんな部分を弦に激突させて流血したりしていたが、最近は全然ないので、だいぶ安定してきたのだとは思う。

まあそんな細かい事はさておき、今日の野外ライブはかなり気持ちよくなっちゃいました。


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部室ですか・・・?

ライブ前日にして初めての、しかも唯一全員揃っての並木ライブ用リハーサルを池袋のスタジオでやってきた。
結局どんな演奏になるか、は、明日フタを開けてみてのお楽しみ(いやー、そんなゆるい事言ってちゃいかんのだが・・)みたいな感じだが、案外良いアンサンブルになる気もする。
最大でステージ上に7人も乗る、という、予定外の大所帯になってしまったが、ちょっと変な編成ではある。
キーボード二人、ギター二人、パーカッション二人、ヴォーカル。
最初から7人でやるつもりだったら、こうはしないだろうって感じ。

まあ、それはいいとして、今日のリハーサル風景を写真に撮り忘れたのはちょっと悔やまれる。
なかなか例を見ない面白い状況だったのに。
そもそも広くないスタジオの中に生ピアノが置いてあり、それとは別にシンセ鍵盤を2台「重ねずに」セッティング(なぜならプレイヤーが二人だからね・・・)し、豪先生のパーカッションセットは今回は相当に大掛かりなものだったのでそれらを全部並べ、足の踏み場もないので最初から組んであったドラムキットはバラバラに解体して部屋の隅に押しのけ、まさ君のギターアンプは置き場所がないのでモアちゃんの足元に押し込み、俺はここぞとばかりに軽量コンパクトな体型の有利さを活かして50センチ四方のスペースだけに存在するようにして・・・。

何かの部室ですか、という風情であった。
もはや全員、あまりの状況に可笑しくなってしまい、絶対記念写真を撮ろうと言ってたのに。。。

モアちゃんのピアノがなかなか炸裂していて、かっちょいー! とか思っていたのだが、リハ終了後に発覚したのだが、彼女は38度の熱に耐えてのリハだったらしく、しかも並木のり子本人も38度の熱で
「でも割と私たち『熱慣れ』してるかも」
と強気のコメントを残しながらフラフラと帰って行ったのであった(つか、明日の本番、大丈夫なのかよ・・・)。

明日は時間が早いので、豪リーダーがウチに泊まっていく事になった。
俺はと言えば例によって、帰宅後、速攻で眠くなってしまい、別に熱があるわけでもないのにフラフラしてきたので、とっとと布団に入る。
そしてさらに例によって、朝5時台に目が覚めてしまったので、仕方なくリーダーの寝姿でも撮りつつ爽やかなひと時を過ごしたのであった。


Sleepinggo

2004年7月 3日 (土)

体内時計

ここ最近、寝てから5時間で必ず目が覚めてしまう。
周りはみんな一様に「もうお年寄りの域に入ったね」と決めつけてくれるが、なかなか困っている。
もともとは、少なくとも8時間は寝たい体質であるので、睡眠がどう考えても足りていなくて、起きてから10時間後くらいには相当に眠くなっている。
例えば1時に寝たとすると、朝6時には絶対に目が覚める。
すると夕方には目がしょぼしょぼするが、その頃から仕事はやっと本格化してくる時間帯だ。
根性で乗り切り、ものすごく眠い状態でまた寝たとして、またしても5時間後にはビシっと目が覚めてしまい、どうやってもそれ以上寝る事ができない。
布団に入る時間をずらしたとしても、一日のサイクルが24時間になっていないみたいな体内時計なので、必ずどっかでしんどくなる。

昼寝ができるといいんだけどなあ。
車で移動する時は危なくてしょうがない。
今日はギタースクールで、二人の生徒のレッスン時間に1時間のインターバルがあったので、その間に車で寝ないと帰りの運転が不安だったのだが、そういう時に限っていろいろと打ち合わせの電話などが入り、そうもいかなかった。
まあ、どうにもこうにも運転中に眠くなった場合は、すぐさまその辺に車を止めて寝る、というポリシーを貫いて身の安全を図るしかない。

昨日、成り行きでパーカッションを録音してくれた松丸たけしだが、これまた成り行きで日曜日の並木のり子ライブに数曲参加してくれる事になった(打楽器がたくさん入っている曲がいくつかあるため)。
リハなしぶっつけ本番だが、豪くんとは「そいんじゃ」で散々やってるしまあ、バッチリのコンビネーションを見せてくれる事であろう。
パーティーとかじゃなくてちゃんとしたライブで彼と一緒のステージに立つのは、実は相当久しぶりではなかろうか?

関係ないが、高校時代からその「山本晋也カントク似」の風貌には定評があった(?)松丸だが、年齢も相まってか、いよいよその風情に磨きがかかってきている気がする・・・。


Matsumaru

2004年7月 2日 (金)

2000円以内ね

昼過ぎ、古くからの友人の松丸たけし(同じ高校出身)が訪ねてきた。
10代〜20代前半にかけては一緒にバンドをやっていたし、初めてプロとしての仕事をした時も一緒だった。
高校時代、知り合った頃の彼は、当時テクニカルとされていた「カシオペア」というフュージョンバンドのドラムを完全コピーして叩いていたりして、「Eマイナー! G7!」とかフォークギターでジャカジャカ弾くのがせいぜいだった俺はいたく驚いたものだ。
その後はお互い別のバンドでデビューをしたり解散したり、いろいろな時期があったが、時折会っては割とマニアックな話(音楽とは関係のない話題の場合も多い)で盛り上がるような関係が続いている。
彼は今、我がマーマーバンドのリーダー・豪宙太が並行して活動しているパーカッショントリオ「そいんじゃ」の一員だ。
松戸から茨城県の高校に常磐線を使って通っていた我々にとって、途中にある最大のビッグシティが「柏」だった(丸井もそごうも高島屋もあるぞ、そうそう馬鹿にはできない)わけだが、そこで毎日のように立ち寄っていた楽器屋の店員さんだったのが「そいんじゃ」のリーダー、後藤まさる氏であったわけで、東葛地区ミュージシャンネットワークの世界も狭いものだ。

今日も二人して、昼間っから例によって妙にディテールの細かい話題に花を咲かせていたところに、昨日やる予定だった録音を今日にずらした豪宙太先生が登場した。
時間もあまりなかったので、とりあえずボンゴやクラベスなどの基本的なパーカッションをダビングしていく。
ひととおり入れ終わったのだが、どうも何か欲しい音が入っていない気がして、豪くんに
「○○みたいな感じの音って何かで入れられない?」
とリクエストしてみたが、
「車から楽器降ろすの面倒くさい・・・」
とかゴニョゴニョ言っている。
すると松丸が
「俺の車にパンデイロが積んであるから、やってみようか?」
と提案。
豪くんもすかさず
「ナイス松丸! それいってみよう!」
と激しく同意したので、やってみる事になった。
片手で持って叩く程度の、決して大きくはない楽器なのだが、マイクで拾ってやるとなかなか充実の響き。
2テイクほど録音したが、まんまと思った感じのサウンドになった。
「そいんじゃ」には一番あとから参加し、ハンドパーカッション歴も一番短い松丸だが、パンディエロ奏者としてはバンド内のスペシャリストの地位を今のところ獲得しているらしい。
とりあえず、ありがとう&おつかれさん、松丸。

とかなんとかやっているうちに夕方になり、ライブが迫っている「TYO」の布施卓人とTAKAEがやって来た。
今回もTYOの二人と俺と豪くんの4人で演奏するが、リハーサルの時間が今日しか取れないので、バタバタと楽器を車に積み込みスタジオに移動する。
最近使っている両国のスタジオが今回に限って空いていなかったので、以前によく使っていた小岩(TYOの二人が住んでいる新宿と豪宙太邸がある野田の中間地点だったつーことで)のスタジオに久しぶりに行った。
ライブのリハ自体は順調に進み、今回はやらない新曲などもちょっと聴かせてもらったりしたが、なかなか良さそうな感触。
TYOは、ちゃんとした道筋をつけてしかるべきマネージメント体制を獲得できれば必ずヒットチャートを狙える素材だと思っているので(彼らの音を聴いた多くの人がそう言うしね)、そのためにもアピールするための録音物を早く作るべきだと言い続けて来たが、この夏にはなんとか形に出来そうだ。
リハーサル後、4人でそのへんの事についてもちょっと相談し、本日の予定は終了。

一人でビールを飲んで打ち上がるのも地味なので、TYOの二人を無理矢理誘って「合計予算・3人で2000円飲み会」を開催した。
何を調達するかは布施くんの能力にお任せしたところ、このようなテーブル上の風景になりましたとさ。


Takafuse

2004年7月 1日 (木)

大げさ

そろそろ「ミス・サイゴン」の稽古も忙しくなってきているであろう泉見洋平だが、彼の最新CDの制作のほうも〆切が迫っており、こっちも忙しくなってきた。
前々回のCD『ジェラシー』の時、彼のライブでいつも一緒に演奏しているサポートバンド「フィクションズ」(かっちょ悪いっつーかイナタいつーか、このネーミングはどうなのよ・・・)のメンバーが全員録音にも参加するという企画を初めてやったのだが、洋平ちゃんはなかなか熱い男なので、メンバー達のナマの音が入っているこのやり方を気に入ったらしく、今回もまたそのやり方で作る事になった。
また、新機軸として、いつも歌詞は彼が自分で書く(異様に仕事が速くて、あっという間にフルコーラスぶん作ってFAXしてくる)のだが、今回はメロディーに関しても彼と俺の合作というスタイルで作った。
今回彼が目指しているのは王道のバラード。
実は俺が苦手なジャンル(笑)なのだが、メンバーみんなの力も借りて完成に近づきつつある。

知り合いの知り合いの知り合い、という感じで、ひょんな事から数年前に知り合った俺と彼だが、お互いに芸能界に関わり始めた時期がほとんど同じ頃だったりして共通の話題も多く、いつも楽しく仕事をさせてもらっている。
初めて俺が彼のために作ったのは『One More Chance』という曲だが、その頃はそれほど思わなかったが、今あらためて聴き返してみると、とても彼らしいと同時に、とても俺らしい曲でもある気がするのだ。
一番最初に彼と楽曲の方向性を決めるために打ち合わせをした時、彼が自分のヒーローとして挙げたのは、昭和に大活躍した歌謡界のスターの名前だった。
そこで俺は「歌謡曲を作ろう」と決意し、あの曲が出来たのだが、全体の落としどころのバランス(メロディーもアレンジも)が絶妙に俺っぽいのだ。
最近の主流であるループのリズムを駆使したダンスビートの割には、妙に全体で合わせる「キメ」が多い。
その大げささが俺は好きなのだが、泉見ワールドにもピッタリだったのだ。
そんな大げさ好きのルーツを再確認する出来事が今日もあった。


新作CDのキーボードパートを録音するために、日根野ちゃんが門仲に来てくれた(ここで日記を再開して以来、妙に登場機会が多い彼女である)。
昼間は豪リーダーがパーカッションを録音するスケジュールだったが、彼の都合で明日に延期。
空いた時間を利用して、ギタリストのヒロユキに送るためのラフミックスを作ったりしているうちに夕方になり、日根野ちゃん登場。
迅速に仕事を進めるつもりが、カップリングの曲のほうの構成が俺の中で固まっていなかったせいもあり、妙にまったりモードの作業(名物・深川丼かなんかを食いに出かけてしまい、ついでに一杯やっちゃったのもいけなかったと思われ)になってしまった。
が、こんな俺のペースにすっかり慣れている彼女は文句も言わずに一緒にまったりしてくれた(ありがちなパターン)。
でも、一人で部屋でアレンジとか考えていると、すぐさま煮詰まったりしちゃうのだが、誰かと一緒に作業をするとやっぱり楽しいのでいろいろアイディアが出る。
やっと間奏のコード進行も決まったし、完成が見えてきたぞー。

ところで、彼女がお土産(?)に、妙なモノを持参してきた。
大昔のアナログレコード、しかもシングル盤3枚だ。
彼女の家には今やレコードプレーヤーがないので聴く事ができないので、ぜひともここで聴きたいと言う。

1枚目はアニメ「キャンディ・キャンディ」の主題歌(!)だ。
チェンバロのイントロがとてもキャッチーな名曲だが、時間がなくてこれは聴けなかったので、また次回(でも、2番以降の歌詞ってこうなってたのかーー、とか発見はあった)。

2枚目はキャンディつながり(?)なのか、キャンディーズの「やさしい悪魔」だ。
吉田拓郎作曲の名曲だが、実は割と最近、マーマーバンドでカバーする企画をやったのであった。
今聴くと、トップアイドルが歌うには随分渋いなーと思う。
だがもちろん、めちゃくちゃかっこいい。
こんなかっこいい曲、少なくとも最近は聴いた事ないなー。

そして3枚目は、来ました! ピンクレディの「ウォンテッド」だ。
レコードに付属している歌詞カードの出だしの部分「私の胸の鍵を〜♪」の『胸』という字の上に、小学生だった日根野ちゃんの字で「むね」とフリガナが書いてあるのが可愛くて笑える(みんな歌ってたもんなあ、当時・・・)。
レコードをかけてみると、イントロのギターの「ギャイーーーン」という響きがやけにイカしてて、そこをきっかけにピンクレディネタで盛り上がりまくってしまった。
だいぶ前にピンクレディのベスト盤を買ってきてDATにダビングしてあったのだが、CD自体はどっかに失くしてしまい、DATを聴くのが微妙に面倒なのでその存在を忘れていたのだが、ここぞとばかりに引っぱり出してきた。
まあしかし、今聴くとどの曲もコッテコテにクドいアレンジが施されていて、俺的には最高である。
俺としては『モンスター』が最高峰だと思うのだが、もはやプログレである。
楽曲としては、絶頂期は過ぎつつあった頃の曲だが『ジパング』がすごく好きである。
メロディーとコードの感じは、間違いなく俺の中にルーツとして刻まれている。

というような話を早口で彼女にまくしたてたわけだが、彼女はいちいち「うん、うん」とうなずいてくれた(同世代っていいなあ・・・)。
今や死語になりつつある「歌謡曲」の大げささが俺に染み付いている度合いは、ビートルズ好きの度合いどころではないのはまったく間違いない。


Pinklady

納得(マーマーバンド日記より)

自分個人のサイトに新たに日記を設置し直し、例によって最初だけは気合いが入ってるので、そっちにせっせとエネルギーを費やしてしまい、こっちがおろそかになってしまった。
まあ割と、今はマーマーバンド自体がちょっとひと休み状態なのでそんなに話題もないっちゃーないんだけどね。

今日、とあるCDの制作で豪リーダーが来てくれたんだけど、録音には使わなかった「パチカ」(アフリカの楽器で、現地の名前ではケスケスつーらしい)ってヤツをカスカスいわせながら振っているリーダーを見て、なんとなく彼がなぜいろんな打楽器に魅せられているのか、俺的に一人で納得してしまった。
頭を使って考案・構築し、体を使って表現する。
楽器はみんなそうだと言えばそうだけど、あの小さなシンプルな楽器「パチカ」にはその構図が凝縮されている気がした。

こんな感じのサイトもいっぱいあるねー。

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