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  • 煌神羅刹 / 陰陽座


    わたくしの舎弟達が強く推すのでチェックしてみたところ、なんとも懐かしいジャパメタサウンド! コンセプトもバッチリ練られていたり男女のツインボーカルだったりで面白いし、歌詞がほぼ日本語オンリーというのもいい。


  • De mi Corazón al Aire / Vicente Amigo


    血管の中を流れる血のスピードが違うんだと思う、絶対。単に技術とかの問題ではない加速力! でありながらも美音なんだよなあ。やはり我々はわびさびとか曖昧さで対抗するしかないか・・・。


  • Donavon Frankenreiter / Donavon Frankenreiter


    ジャック・ジョンソンのプロデュースなだけに、やはり通じるサウンド。技術陣も良い仕事してるなあ、何しろ気持ちイイすよ。


  • わすれもの / Rei Harakami


    ふとしたキッカケで聴いてみたら、すごく気に入ってしまった。エレクトロニカ、って事になってるらしいけど、とても情緒がある。


  • Songs In The Atic / Billy Joel


    初期のライブ音源を集めたアルバム。高校時代に自室でヘビーローテーションしてたっけなあ。今聴いてもなかなかイケる。


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2003年2月

2003年2月26日 (水)

切り抜けさせて頂きました。

明日は、マーマーバンドの新曲等の録音を野田でやるので、早く寝なくては。
と言うわけで、韓国秘話の続きは、今日はナシ。

過去の『日常』を読み返し、「指、いてーよ!」の回が半年近く前の事だったと気づいて驚いた。
あの時、痛い思いをして弾いたギターの音が入っている曲『Time Flys』が、今、毎週関西テレビの番組に使われているわけで、まあ、とにかく世に出て、よかったよかった。
CDを作るってーのも、なかなか遠大なハナシだよなあ。
まあ、世の中にはもっと全然スケールがデカいレコーディングも、いくらでもあるだろうけど。

数日前、初めて、優音ちゃんとご対面。
そこで俺は
「おお、、、こ、これっすか・・・」
などという、間の抜けたリアクションしかできなかった。
いやあ、あの、なんつーか、吹けば飛ぶようだ加減っつーのか、すごいわな。
我々全員、あの状態を切り抜けた(切り抜けさせてもらった)わけで、ホントに、えらい事だわ。
不幸にも切り抜けさせてもらえない子たちも、たっくさんいるんだろうけど。

とにかく、何かその場にふさわしいようなひと言が、どうにも出てこないくらい、圧倒的なリアル感でした。
別に、赤ん坊くらい何回も今まで見てるけどね。
お父ちゃんがお父ちゃんだけに、ファンタジックには捉えれなかったなあ。
というか、あらゆる女性にとってはリアルそのものなんだろうけど。

お誕生、ホントにおめでとう。
どうか、元気に育ってください。

2003年2月24日 (月)

ライブだ! 原宿だ! 若者だ!

思い出し話の第三弾。

韓国は、日本と違って旧正月なので、2月1日が「あけましておめでとー」である。
今回の渡韓は1月中旬から2月7日にかけてだったので、日本と韓国で2回の正月を迎えてしまった。

で、やはり正月は、ほとんどお店がやっていない。
朝ご飯は毎日、ホテルのルームサービスで済ませていたが、和食はヒジョーに怪しい感じだし(「まつたけうどん」と謳っているくせに、思いっきりエリンギが入ってたりする)、「アメリカンブレックファースト」とやらを頼むと、いつ焼いたのか分かんないようなベーコンとかが出てくるので、これもパス。
やはり、韓国料理を頼むのが手堅いワケだが、なかなかバリエーションが少なくて、しかも朝からプルコギっつーのもハードだし、とか言っていると、選択肢は3つくらいしかなくなってしまう。
ちなみに俺は、「テンジャンチゲ」(まあ、いわゆるチゲですね)、「ウゴジカルビタン」(白菜みたいな野菜と骨付き牛肉がメインの煮込み料理)、「石焼きビビンパ」の3つをひたすらローテーションしていた。

というわけで、ただでさえルームサービスはネタ詰まりなのに、正月でお店がやってないからと言って、晩ご飯までルームサービスっつーのはかなり盛り下がりそうな状況だった。
そこで、知る人ぞ知るグルメ春日(単なる食いしん坊だと本人はおっしゃっておりますが)が決断。
「よし、一郎! 今までちょっと独特の雰囲気に押されて入った事がなかった、鶏肉を食わせる店が近所にあるから、思い切って行ってみよう。ちっとは目先も変わるだろうし」
「は、はい!」
半分現地人と化している春日氏ですら入りにくいと感じてしまう雰囲気、というのに若干ビビリながらも、おとなしく後ろに従う俺。
さあ、ふたりの運命や、如何に???

(次回につづく)


さてさて、去る2/21に「TYO」の原宿ルイードでのライブに、豪宙太とともにサポート演奏者として参加させてもらった。
ユニット結成以来、レコーディング中心に活動してきた彼ら。
ライブも、ほとんどカラオケに近いような音で(そもそもがコンピューターによる打ち込み中心なサウンドでもあるので)やってきたので、今回のような「打楽器」「アコースティックギター」「キーボード」だけ、みたいな演奏でやるのは初めてだったわけだ。
何度かこのサイトでも紹介しているように、若干21才のTAKAEは、なかなかの歌手である。
ただ、バンド経験そのものは決して豊富とは言えないので、ナマの音のダイナミクスにどんなふうに反応して歌えるのかが俺にも未知数で、若干の不安もあった。

リハーサルとしてスケジュールを合わせる事が出来たのは2日間だけ。
とりあえず初日は、歌手・TAKAEとコンポーザー兼キーボード奏者の布施くんを門前仲町まで呼び寄せ、そのまま車に拉致して「野田市勤労青少年ホーム」へとなだれ込む。
一般のリハーサルスタジオとは全然違う、超牧歌的な雰囲気に、実は田舎者の二人(現在、二人とも新宿の高層ビル群のふもとに一人暮らししているが、その出身地は埼玉の奥地と岐阜だったりする)はすぐさま馴染んでいた。
しかし、TAKAEは扁桃腺を腫らして声が出せない。
俺はともかく、豪君はほとんど彼らの曲を知らないので、なんとなくの推測の応酬で、リズムアレンジを提案するしかない。
最初の予定では、音数を間引いた打ち込み演奏に合わせて、人力の演奏をそれに加える、という感じでやろうと思っていた。
しかし、どうも思ったようなサウンドにならない。
そこで、思い切って、数曲を除いて完全ナマ演奏に切り替える事にした。
その日は、何となくの方向性だけを決めて終了。

数日後、2度目のリハーサル。
何やら忙しそうにしている宙太先生の都合で、夜の9時半から深夜の2時半まで、都内のリハーサルスタジオに入る事になった。
そんな時間にスタジオに入るのはもう、10年ぶりくらいなので、時差ボケのような感覚に陥る。
10代の頃、初めて「オールナイトパック」(深夜0時から翌朝6時までセットで1万円くらいで借りられる。かなり格安)というのを利用するために、松戸から電車に乗ってバンドのみんなで目黒辺りまで行っていた頃の事を思い出したりした。
バンドで練習する、という事自体がもう、滅茶苦茶楽しいイベントだった。
もちろん、今だって楽しさはあるけど、残念ながら人間は慣れちゃう動物だからねえ。
ちなみに後日、「TYO」の若者二人は「車に楽器を積んで、スタジオにみんなで練習しに行く事」そのものが、どんなにワクワクした事だったかを切々と語ってくれた。
やっぱ、おんなじなんだね。
せいぜい、楽しんでくれい。

ようやく扁桃腺の腫れも収まってきたTAKAEが、70%程度で歌う。
宙太君を中心に、どんどんライブ用にリアレンジが進む。
布施くんは、けっこういっぱいいっぱいである(笑)。
何とか全体的にサマになってきたが、それでもリハーサルを全部終了した段階でも、まだまだ不透明感は残っていた。
しかし、俺はここぞとばかりにC調プロデューサーぶりを発揮し
「いやあ、ばっちり! 問題ないっすよ!!」
と、いつものように根拠のない発言を繰り返し、若者二人を安心させたたのであった(安心してなかったと思うけど、全然)。

そして、ライブ当日。
原宿ルイードのステージ上には、「豪宙太・2003年モデル」のスペシャルパーカッションセットが組まれていた。
マーマーバンドの名古屋ライブの時に運転手を買って出てくれて、しかもすばらしいキャンピング・バスまで登場させてくれた「滝本けんちゃん」という方が野田にいて、けんちゃんは実は板金加工などの仕事をしていて、豪宙太は彼にあれこれとリクエストをして、スペシャルセット用のパーツを作ってもらっているのだ。
どこがどうスペシャルかは、面倒なので割愛。

さて、本番当日の音合わせの時になっても、まだ内心
「うーん、どんなもんだべなー」
という感じを、俺の中では払拭出来ないでいた。
この日は、ルイードに出演している数多くのバンドの中から、ルイード自身が最も推している3組を集めたイベントだった。
当然、共演者たちはかなりのクオリティーを持っている。
そして「TYO」の固定ファン達も駆けつけているわけで、あまりにもショボいと
「なんだか知らねーが、あのハナワとかいうヤツ入ったおかげで台無しだぜ!」
などという展開もあり得るわけで、そうなったらすごすごと一人、門前仲町に帰る所存であった。

ライブが始まる。
最初の3曲は、今までどおりの打ち込みスタイルで、二人だけで演奏する。
ステージ袖で聴いていたが、TAKAEの歌は絶好調とは言えない気がする。
うーむ、大丈夫だろうか・・・?

4曲目から宙太君と二人してステージへ。
せーので始めてみたら、あら不思議。
なんか、ホントにバッチリなような気がする。
俺と宙太君がやるからには、これをやらないとしょうがない、とばかりに、せっせとコーラスハーモニーを入れたりもする。
布施くんは相当練習したのか、いい感じで弾いている。
TAKAEの歌も、いつの間にかいつもの調子を取り戻している。

「TYO」としては、今回はかなりいろんな冒険をしたので、彼ら二人にしてみると反省材料も多かったライブだったかも知れない。
でも、同じステージ上にいて、彼らの歌が確実に客席に吸い込まれて行ってるのを実感出来た。
これからたくさんの事を吸収して、もっともっと凄いユニットになっていくに違いない。
何より驚いたのが、TAKAEの適応能力の高さだ。
今後も、いろいろ試し甲斐があるなあ。

マーマーバンドのお客さんも何人か観に来てくれていた。
とりあえず楽しんでもらえたようで、ひと安心。
会場に、某大手芸能プロダクションの人が居合わせていて、
「あの打楽器奏者の連絡先を教えてくれ」
などと言って、帰ったそうだ。
宙太君に、かわいいアイドルと一緒の仕事などが回ってくるかも知れない(こないかも知れない)。

打ち上げには、先日一緒にアルバムを完成させたばかりの「sinn」も登場し、最近では珍しく深夜の3時すぎまで盛り上がってしまった。
原宿のヤング達に感化されたわけでもないだろうが、やっぱりたまにはそういう若さもないとね。
打ち上げ自体は、かなりディープな話題にまで話が及んで、ちょっとこの日記には向かない感じだったが(笑)、いろいろ考えさせられたし、いい夜だったな。

しかし、罰金30万円は恐ろしすぎなので、ひたすらウーロン茶で、やんなっちゃったけど。

2003年2月19日 (水)

そしてグーグー寝てるヤツ

思い出し話の第二弾。

韓国のタクシーは、とても安い。
日本の6分の1くらいの感覚で利用出来る。
少し前までは、かなりインチキ臭い運転手も多かったらしいが、最近は観光客向けの「模範タクシー」という資格制度が出来たおかげで競争原理が働いたのか、結構ちゃんとしている。
ちなみに「模範タクシー」は、乗った瞬間に分かるほど、車のグレード、運転の仕方、運転手さんの雰囲気までかなり違う。
その代わりに、ちょいと高い(それでも日本よりは全然安い)。

物凄く寒い日には、一刻も早くタクシーをつかまえたいので、最初に来たのが「模範タクシー」でも気にせず乗るが、それ以外は普通のタクシーに乗って経費節減に努めた。
普通のタクシーは、運転手さんのキャラが非常にバラエティ豊かで結構面白い。
ちなみに、例によってアバウトなので、全然車も人も来ないようなタイミングだったら平気で信号無視でもなんでもする。

あと、「相乗り」というシステム(勝手に通例化してるだけだろうけど)があって、一旦客を乗せて走りだした後でも、途中からさらに別の客を乗せたりもする(一応、同じ方向かどうかを窓越しに訊いて一瞬で運転手さんが乗せるかどうか判断する)。

ある日、途中から乗り込んできた若い女性客が、俺と春日プロデューサーが日本人だとわかると、しきりに力説を始めた。
「日本人の友達が出来たので、日本に遊びに行って、その人の家に泊めてもらったのだが、とてもカルチャーショックを受けた事がある。それは、お風呂のお湯を家族全員が使い回していた事だ」
と言うのである。
韓国では、一人入る度にお湯を完全に入れ替えるのが当たり前だそうだ。
「なるほど、こんな些細な部分にも無駄を省く合理性が、現在の日本の繁栄を作ったんだな、と納得した。私たち韓国人も、見習うべき点が他にもたくさんある」
と、運転手さんに向かって彼女は熱く語っている(当然、春日氏の通訳によって、俺は内容を理解したわけだが)。
しかし、その運転手さんは年輩の方だったので
「いーや。我々は我々のやり方でやればいいのだ。日本なんて全然問題にならない」
と、相手にしない。
「あなたみたいな事を言ってる人ばっかりだったから、韓国は未だにイマイチな国なんじゃないのよ」
と返す彼女。
「何を言ってるんだ、お前は・・・!」(以下、延々と続く)
つーか、タクシーの運転手とお客の会話か、コレ・・・?

だが、例の日本人からするとかなりメリハリの効いたトーンで討論会をやってる姿(内容がわからないだけに、喧嘩しているとしか思えない)を見て、よそ者の勝手な感傷かも知れないが、今の日本の、少なくとも都会での生活に欠けている何かがあるように思えて、そこはかとない羨ましさすら感じてしまった俺であった(お湯の話と日本の繁栄との脈略はないんじゃないかとも思ったけど)。


さて、日本での日常に戻ろう。
今日は、マーマーバンドの新作CD制作に向けて、チャオと二人で、珍しく「プリプロダクション」(レコーディングの前準備の作業)をやった。
いつもは、スタジオで最初にドラムだけを録音し(何しろ音がデカいので、自宅では不可能)そこにギターや歌を、門前仲町が世界に誇る『らくだスタジオ』でダビングする。
つまり、豪宙太は、テンポのガイドになるメトロノームの音だけをヘッドホンで聴きながら、一人さみしくドラムを叩いているである。
勝手知ったるパーマネントなバンドだからこそ、それでも何とかなるが、今回の新曲は彼のほうから
「あんまり回数もこなしてないし、たまにはあらかじめガイド演奏を入れておいてくれよ」
とリクエストが来たのである。
というわけで、前回の大久保と名古屋で披露された、チャオ作詞作曲の「Delete Time」の仮歌をとりあえず門前仲町で録音する事にした。

名古屋のテイクを録音したMDを聴きながら、テンポを割り出す。
簡単なリズムをコンピューターでプログラミングし、俺とチャオがそれぞれ一回ずつギターと歌を重ねて、とっとと終了。
チャオ曰く
「後で本番だからっつって、気合いを入れて歌ったとしても、これより何が良くなるのか俺にはわからんが」
だそうである。

一旦は帰ろうとしたチャオではあるが、せっかくだしたまには飲むか、と言い出した。
そして、何故か日根野嬢を携帯で呼び出し、安いしゃぶしゃぶ屋で、3人でビートルズ談義を中心にウダウダと盛り上がり、日根野嬢は終電があるので帰り、チャオは今、隣の部屋でグーグー寝ている。
そんな平和な一日であった。

2003年2月18日 (火)

最後に「富士そば」で締める

長らく中断していた日常報告、気合いを入れて再開だ!


韓国のエピソードはいろいろありすぎて、何から書いたらいい分からないくらいだ。
とりあえず、少しずつ思い出した事から書いていこう。

朝、スタジオに行くのに、タクシーとバスを半々位で使った。
どちらも安い。
バスの話をしよう。
以前、別のレコーディングで何度か韓国に行く機会があったが、バスに乗ったのは今回が初めてだった。
いくつか驚いた事がある。
まず、時刻表なんてものはバス停にない。
まあそのうち来るだろう、というスタンスで人々は待っている。
というわけで、日本のように、時間通りにビシッと何かを始めるとか待ち合わせるとか、そういう感じがだいたいからしてあまりない(俺は日本でもそうだけど)。
運転はかなりワイルド気味だ。
おばあさんとかがヨロヨロと乗り込んできても、ガンガン急発進する。
しかし、おばあさんも慣れているのか、弱々しい足腰ながらも、身体を支えるポイントを素早く見つけて安定した体勢を保つ。
転倒したりする人はいない。
くわえ煙草で運転している運転手もいる。
誰も気にもとめない。
そのくせ、車内はラジオが流れ、朝からバスの中にはクラシック音楽とかが優雅に充満していたりする。
考えてみたら、タクシーだってラジオとか流したりするんだから、日本のバスもやったらいいのに、と思った。


さて、今日の俺はというと、打ち合わせが重なったため、渋谷と恵比寿の事務所をハシゴした。
特に荷物もないので、ブックオフで買った村上龍の「全ての男は消耗品である Vol.5」を読みながらの地下鉄移動。
桜丘から代官山の手前を経由して並木橋近くまで、のんびり歩く。
厳寒のソウルに比べると、まことに心地よい。

かつてマーマーバンドを担当してくれていたY氏と久しぶりの対面。
虫マルQ』での、俺の歌手デビュー(?)などを実現させてくれた恩人だ。
しばし音楽の話をしたあと、別れ際に娘さんの写真を見せてくれた。
その子が生まる前からY氏を知っていたから、もう小学5年生だと聞いてぶったまげた。
月日はびゅんびゅん過ぎてゆく。

夕方の5時前、という中途半端な時間に予定の全てが終了してしまい、そのまま帰宅してもよかったのだが、何となく弟(渋谷在住)に電話をしてみたところ、丁度時間が空いているし、腹も減っているとの事。
俺は12弦ギターを入れるケースを買いたいと思い立ったので、イケベ楽器の店内で待ち合わせ。
「地元民なんだから、なんかよさげな店に案内しろよ」
とリクエストしたところ、
「それじゃ、俺の日々のコースを辿ろう」
と言って、立ち飲み屋に連れて行かれる。
弟は、俺より遙かに酒が飲めるため、リーズナブルなその店は御用達のようだ。

立ち飲み屋に入ったのは初めてだったが、思っていたよりずっと食べ物が充実している。
慣れた様子で「マグロのなかおち」「穴子の天ぷら」「マカロニサラダ」等を彼は注文していく。
二人で瓶ビールを飲みながら
「何故に、韓国は日本のGDPの十分の一なのに、衣食住があんなに充実しているんだろう? どう考えても、日本はおかしい」
とか(俺はここ数年、仕事で韓国付いているし、弟には韓国人の親しい友人がいて、しかもその彼は韓国では相当のエリートらしい)
「プロ野球もそろそろ、外国人枠撤廃とか、シーズン中にメジャーのチームとの対戦を組み入れて、しかもその結果をペナントの成績に反映させる、ぐらいしないとしょうもないんじゃないか、阪神も戦力を見ると今年はだいぶ充実したし喜びたいんだが、デストラーデやブライアントが活躍してた時代を思い返すと、あんまりワクワクしないよなあ、今やもう」(俺は巨人ファン、弟は阪神ファン)
とか、そんな感じの話をあーだこーだとしながら過ごす。

よく、変だけど仲のいい兄弟、と言われる。
しかし、そんなにしょっちゅう会うわけでもない。
だいたいからして、弟がどんなふうに生きているかも、大して知らない。
お互いに、基本的に賞賛もしないが批判もしない。
まあ、ある程度はお互いを分かっているという事が分かっている、それだけである。

立ち飲み屋のあとは、どこにでもある立ち食いそばの「富士そば」で締める。
これが彼の王道コースらしい。
何が良いかって?
とにかく安上がりだ。
結構いい感じで酔っぱらって、お腹もいっぱいになって、まあ一人分1000円くらい。

弟と別れた後、西口歩道橋の上から空を眺める。
東邦生命ビルの脇に、まん丸のオレンジがかった月が浮かんでいる。
「KENT1」をくわえたまま、しばし鑑賞していたが、ひっきりなしに通り過ぎていく人達の中には、月に目をとめる人は一人もいなかった。

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