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    わたくしの舎弟達が強く推すのでチェックしてみたところ、なんとも懐かしいジャパメタサウンド! コンセプトもバッチリ練られていたり男女のツインボーカルだったりで面白いし、歌詞がほぼ日本語オンリーというのもいい。


  • De mi Corazón al Aire / Vicente Amigo


    血管の中を流れる血のスピードが違うんだと思う、絶対。単に技術とかの問題ではない加速力! でありながらも美音なんだよなあ。やはり我々はわびさびとか曖昧さで対抗するしかないか・・・。


  • Donavon Frankenreiter / Donavon Frankenreiter


    ジャック・ジョンソンのプロデュースなだけに、やはり通じるサウンド。技術陣も良い仕事してるなあ、何しろ気持ちイイすよ。


  • わすれもの / Rei Harakami


    ふとしたキッカケで聴いてみたら、すごく気に入ってしまった。エレクトロニカ、って事になってるらしいけど、とても情緒がある。


  • Songs In The Atic / Billy Joel


    初期のライブ音源を集めたアルバム。高校時代に自室でヘビーローテーションしてたっけなあ。今聴いてもなかなかイケる。


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2002年9月

2002年9月27日 (金)

火を噴く毎日

毎日、ひたすらレコーディング作業三昧。
なんという幸せな毎日、と言いたいところだが、我が家のマックの性能を限界まで使い倒しているので、フリーズ続出で、そっちにばっかりエネルギーを持って行かれている。
さっきも、データが全部入っているハードディスクを全く認識しなくなり、気が遠くなる思いを味わった。
やはり、大事なデータは必ずバックアップをとりませう。

ちょっと変わった事もしたいと思い、今回で韓国に行くのも4度目なので、「いい加減ちょっとは韓国語を喋れるようになりたい企画」を立ち上げた。
毎日、春日師匠とウヨンを相手にちょっとずつボキャブラリーを増やしている。
大人になってからの習い事は、うんざりするほど上達が遅くてイライラするが、それでもちょっと通じたりすると楽しい。

2002年9月18日 (水)

素晴らしい語学力

依然として、韓国人シンガー「ソ・ウヨン」のアルバム制作は続行中。
20日からミックスダウンに取りかかる予定。
30日にはマスタリング・スタジオを予約しちゃってるので、無理矢理にでも終わらせなければ。
翌1日には、師匠と共に次なるアーティストのレコーディングのために韓国に渡らなければならない。
なんか売れっ子エンジニアみたいだ。
ミュージシャンのつもりだった僕なのだが・・・。

まあ、そんなわけで、ぼちぼちいろんなゲストの演奏をダビングしはじめている。
ベースは、師匠と一緒に「東京ビビンパクラブ」というバンドをやっている寺岡さんが5曲ほど参加。
寺岡さんは、あの日本を代表するパンクバンド「アナーキー」のベーシストでもある。
アナーキー、と言えば、かつて放送禁止用語炸裂の歌詞で「ピー!」が入りまくったレコードを出したり、まあ要するに、かなり「おっかない系」の人達なんだろうと僕は思っていた。
そんなバンドの一員がなんで楽しさ満点の日韓チャンポンバンド「東京ビビンパクラブ」に加入したのか、の詳しい経緯は僕は知らないので、今度師匠に教えてもらおう。
とか思っていたら、直接お会いした寺岡さん本人は
「ホントにこの人があのアナーキーのメンバーなの????」
と驚いてしまう事請け合いの、もっっっっのすごく人当たりが柔らかい方である。
僕が知る限り、こんなに柔らかい人は他にいない。
今回のレコーディングでも、ちょっと作業に待ち時間があって、寺岡さんと僕と二人だけでラーメン屋で昼飯を食ったりしたが、それをつくづく再確認した。
いっしょにいる人間に、こんなに安心感を与えるような人は、くどいようだが僕は他に知らない。
見た目はスキンヘッドなんだけどね(笑)。

このあとも、ピアニカ、バイオリン、ペダルスティールなどの専門家が登場予定。
ピアニカは、「ピアニカ前田」さんが演ってくれるようだ。
時間もないので、どんどん録りましょう。


さて、ウヨン氏本人は、女の子受けしそうなちょっと可愛い風貌の歌手。
でも日本語はほとんど喋れない。
当然僕も、韓国語は「こんにちは」「おつかれさま」「ごちそうさま」「大丈夫です」程度しか知らない。
よって、前回もそうだったが、僕とウヨンの直接会話は非常にインチキ臭い英語によって交わされる。
しかし、英語はどっちにとっても外国語なので、できるだけ簡単な単語を選んで非常にゆっくりと会話をするので案外英語圏の人達と話すより通じたりするのだ。
僕とウヨンが、ぎこちない英語を駆使してどの程度の会話をしているかというと・・・

(僕が車で彼を新宿のホテルに送っていく車中にて)
ウ「ギタリストの内田勘太郎さんを覚えてますよね?」(ウヨンの前作にゲスト参加)
僕「もちろん」
ウ「彼をどう思います?」
僕「カッコイイ! クール! と思います。憂歌団は聴きましたか?」
ウ「大好きです」
僕「日本にも彼を尊敬してるミュージシャンはいっぱいいると思いますよ」
ウ「そうなんですか」
僕「ブルース系だけど、独特のスタイルを持ってますよね」
ウ「そうですね。ところで話は変わるんですが、ひとつ訊きたい事があるんです」
僕「はい。なんでしょう?」
ウ「レコーディングの作業で、とっても難しいと思う事があって・・・」
僕「ほうほう」
ウ「ヘッドフォンで聴いた時と、スピーカーで聴いた時の印象の違いです」
僕「ああ、あるますよねえ、そういうの、よくある」
ウ「ヘッドフォンで聴いて気に入った音のバランスは、スピーカーだと全然気に入らないし、逆の事もある」
僕「僕にとってもそれは、難しい問題になる事があります」
ウ「今、作業で使ってるシステムは、塙さんとしてはどうなんですか?」
僕「いつも春日師匠と一緒にやる時に使ってるあの『B&W』っていうスピーカーは、ちょっと独特の音かも。良い音だけれど、スタジオ作業の音としてはあまりスタンダードではない気がします」
ウ「なるほど。何とか、うまく納得できるような音で作業できる方法はないですかねえ?」
僕「もう少し作業が進んだら、僕のスピーカーとかも持ち込んで、判断しやすい環境を考えようと思ってるけど」
ウ「よろしくお願いします。あ、ところでまた話は変わりますが」
僕「はい」
ウ「韓国の食べ物は好きですか?」
僕「かなり好きですね」
ウ「どんなのが気に入りました?」
僕「焼き肉はもちろん好きだけど、普通のチゲとかジャジャ麺とか、ほとんどおいしく食べられます」
ウ「辛いのは大丈夫? 僕の友人の一人のある日本人は、ちょっと辛いのは苦手だと言ってましたが。日本人は韓国人に比べて、辛いのは苦手だと聞きました」
僕「まあ、そうだとは思うけど。でも、ものすごく辛くなければ、僕は大体平気ですね」
ウ「あ、西武新宿駅、で場所はわかります?」
僕「わかります。じゃあ泊まりはプリンスホテル?」
ウ「そうです。歌舞伎町のそばです。その日本人の友人は、歌舞伎町はちょっとコワい所だと言ってましたが」
僕「そうですね。韓国人もいっぱいいるし・・・」
ウ(笑)

みたいな会話がちゃんと成立しているのだ。
めちゃくちゃインチキ臭い(特に僕が)英語で。
結構、凄い事だと思うのだが・・・。

2002年9月 3日 (火)

指、いてーよ!

190円の切符を買い、渋谷へ。
地下鉄を降りると、ハチ公前に出てしまう。
その眺めたるや、いよいよもって、すごい街だ。
南口のほうへ向けて歩く。
国道246線をまたぐ歩道橋を渡り、残暑の中をだらだらと坂を上がっていく。
sinnのアルバムの打ち合わせを事務所で済ませ、不調の携帯電話を買い替えたいと思い、ビックカメラヘ。
しかし、なぜか門前仲町の地味なショップよりも高かったので中止。
楽器屋にも行きたかったが、湿気に負けてすごすごと帰宅。
sinnの新曲のラフスケッチのために、簡単なリズムを打ち込む。
進行に合わせてアコースティックギターを入れようと、愛用のタカミネPT207を約一ヶ月ぶりにケースから出す。
せっかくなので、弦なども張り替えてみる。
キーはE、別に難しいコードが出てくるワケでもテンポが速いわけでもないが・・・。

指、いてーよ! まじで!

あんなに弾きやすいのが自慢だった僕のタカミネの弦が、指先に食い込む食い込む!
ネックなどに異常はないか、など厳密にチェックしたが、特に問題なし。
あくまでギターのせいにしようとしたが、要するに練習しなさ過ぎで指が軟弱になっただけのようだった(なにせ一ヶ月ぶりだし)。
泣きそうになりながら根性で2トラック分のギターを入れ、気力も尽きて、これにて終了。
僕の、よくありがちな、平均的な一日であった・・・。

そういえば、少し前の話になるが、こんなCDの作曲とアレンジを担当した。
試聴もできるみたいなので、お暇な方はどうぞ。
特に2曲目は、友人に
「一郎節、炸裂って感じだなあ」
と言われたが、自分ではあんまりよく分からない。

上々颱風のキーボード奏者「猪野陽子さん」が、時々お芝居の音楽制作している。
以前2度ほどそのレコーディングを手伝ったが、また久しぶりにご一緒させてもらった。
前回に引き続き、劇団1980の新作「値踏み算」のテーマ曲を制作。
トランペット奏者をゲストでお呼びし、マーチのようなチンドン屋のような、何ともイカした作品に仕上がった。
陽子さん指定のフレーズを、トランペットの方が
「あ、これでやってみましょうか?」
と、ミュート用の蓋みたいなヤツをつけて吹いたら、あまりにも懐かしのドリフそのものだったので、みんなで笑い転げた。
お芝居自体は、今回は王道の喜劇らしいので、もし興味がある方はぜひどうぞ。

2002年9月 2日 (月)

これぞ、日本の残暑

一瞬、とっても秋みたいになったのである、確かに。
セミは退場し、鈴虫も鳴いていたのだ。
しかーし!
そんなに日本の夏は甘くなかった。
結構キテます、ここ数日の残暑。
真夏のカーッとくるやつとはまた違い、独特のムワーンと来る感じ。
まあ、コレが去って涼しくなったかなあ、と思っていると、みるみる大っきらいな冬が来てしまうので、クラクラしそうな残暑を満喫しておく事にしよう。

何か、一話完結にしなかったせいで各方面の期待を盛り上げてしまった感があるが、大した続編があるわけでもない。
というより、こんなタワゴト日記を読んでる人が結構いると分かってビックリ。
BBS以外でも電話で数人、メールでも数人に「続きはどうなった?」とせっつかれた。
日が経って、興奮もすっかり落ち着いてしまったのが、頑張って思い出してみると・・・

で、後半戦の「ロキア・トラオレ」の登場。
スキンヘッドのマリ人の女性がアコースティックギターを抱えて歌い始める。
数曲、静かめの「癒し系」みたいなのが続いたあと、MCが入る。
陰アナでMCの和訳も入る。
「マリでは、一日の終わり、陽が沈む時間はとても大切なひとときと考えられています。なぜなら、誰かにとって陽が沈むその瞬間というのは、地球上のほかのどこかにいる誰かにとって、日が昇る瞬間でもあるからです。では、これからその事を歌った曲をやります」
というような話だったようだ。
ここでバンドメンバーが全員登場。
向かって左側に弦系の奏者が二人。
なにやらナスの巨大なヤツをふたつに割り、それにモップの柄をくっつけて弦を張ったとしか思えないような、やけに不規則で絶対に大量生産に向かないようなギター系の楽器である。
大きめのを弾いている人はベース系、小さいほうがリードギター系のようだ。
右側には、これまた思いっきりハンドメイドふうの木琴みたいなのが登場。
下にはまたしても巨大なヘチマみたいなのがいくつもくっついている。
コーラスのお姉さんが二人登場。
中央には、馬鹿でかい大福餅が乾燥しちゃったヤツを肌色に塗ったみたいな謎の打楽器を叩く奏者がいる。
この大福餅がくせ者だった。
突然、強力なリズムが始まる。
大福餅はどういう構造になっているのかわからないが、とにかく一人が両手で叩いているだけなのだが、そんじょそこらのドラムよりも多重的に成立したパターンが繰り出される。
バスドラムに匹敵するような重低音と、パーカッショニストが何人もでやっているかのようなザワザワしたうねりが同時に鳴り響く。
ヘチマの木琴も、なんとも心地よくかつ盛り上がる音色で、更にグルーヴはうねりを増す。
そして、モップの柄のギター隊がギンギンに弾き始める。
音色的には、強いて言えば三味線が一番近い。
指の先でチマチマ弾いているようにしか見えないが、なにやらもの凄い早弾きで、しかもリズムは正確無比って感じだ。
しかし、メロディーそのものは、僕がイメージしていたよりもかなり、なんというか「和風」とも言える雰囲気で、そこはかとない懐かしさすら覚えてしまう。
歌とコーラスは、よく聴くとかなり複雑なハーモニーで構成され、それを延々と繰り返し、一定のリズムの周期をもって徐々に盛り上がりが増していく。
一旦スイッチの入ったアフリカ人の恐ろしさ、もう、ホントに「どこまでも」盛り上がっていく。
盛り上がりが続く、というより、どんどん盛り上がりが増して、まるで上限がないかのように、どこまでも空高く連れて行かれてしまうような錯覚に陥るほどだ。
最後のほうにメンバー紹介も兼ねたフレーズ回しみたいなのがあり、僕にはワケが分からない譜割なのだが異様にタイトなリズムのキッカケが入り、もうどうしようもないほど会場のテンションは上がり、客席の誰もがてんでバラバラなスタイルで踊りまくる。
フレーズ回しのあと、「ロキア・トラオレ」本人の番になり、ソロでダンスを披露。
コレがまた、なんともはや・・・。
完全に何かが乗り移ってるとしか思えない動きだ。
会場は唖然としつつも、さらにさらに興奮のるつぼへと引き込まれていく。
僕はもう、笑っちゃいながら踊るしかない。
もちろん、楽しいというのもあったが、「人間の持つエネルギーの凄さ」を全身で感じられて、嬉しくて仕方がなかったのだ。

「ロキア・トラオレ」も「マハラジャ」も、種類はだいぶ違えど、まさしくあの音楽は「ダンス・ミュージック」だった。
お祭りのための音楽なのだ。
それはそれは、なんとまあ楽しみなお祭りなのだろう。

ところで僕は、こんな疑問が頭から離れなかった。
「ロキア・トラオレ・バンド」と「マハラジャ」は、この「赤坂ブリッツ」で初めて顔を合わせ、初めてお互いのナマの演奏を聴いたのだろうか?
もしそうだとすると、僕なんかから見るとどっちも「とにかく物凄い」と言えるパフォーマンスだが、彼らはお互いをどう感じるのだろう?
「うーむ、我々もかなり凄いと思っていたが、奴らも凄いなあ」
とか思ったりするのだろうか・・・。

なんか、小市民というか、小ミュージシャン的発想なのかなあ、こういうのは。

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